あんこの開墾日記

自分自身を耕して、掘り起こして、本当にしあわせな私のありかたを発見したい。そんな想いで書いてます。

働く

 最近働くということを考えるとき、この3点について考えることが多い。

私が将来働くようになったら、この要素を取り入れたいよねと思うこと。

 

 

 

それはものを作るということ。

きっとこれは私自身がものが好きだから。本とか、絵とか、工芸品とか。その中に料理を入れてもいいかな。

自分にそんなスキルがあるとは思えないけど、これが収入の柱になるとは思えないけど、一つに趣味としてものを作ることをしていきたいし、それがあわよくば収入の助けになるような何かになれたらいいなぁという、現時点では空想の話。

今の時代ってサービスとか仕組みとか、そういうものを作り出せる人が強い世の中な気がするんです。その末端にいるのがものを作る人という構図が悲しい。きっと世の中にはどちらの人も必要で、だったら私はものを作って、人の手元に残り続けれらるような、誰かと一緒に時間を重ねていけるような存在になりたいだなんて、ちょっと格好いいこと言ってみたり。

人に直接触れるもの。人から愛されるもの。人の暮らしに溶け込むもの。

そんなものを作れるような人になりたいし、それで私の「働く」が成り立てばなおいいことだなぁと。

 

 

 

それは複数の稼ぐ手段を持つということ。

一つに収入源に頼りきって生きていくのはとてもリスキーだと思うのが半分。週に5日も同じことは出来ないなと思うのが半分。

将来農業に関わりたい、というかもはや農家さんになりたいと考えている私ですが、その反面で昨年東日本の全域を襲った台風15号・19号のような災害のことを考えると、農業とは災害には弱い産業だということを強く思い知らされます。農業がいいなと思う反面、第一次産業はとっても自然に影響されやすいことを改めて思い知らされた一件でした。でも職業のリスクなんて考え始めたらキリがないと思うんですよね。会社だっていつ倒産するかわからないし。

それと農業を生活の主軸にしてしまうと、どうしてもお金のことが頭をかすめてシンプルに農業を愛することが出来ないのではないかという心配もあります。「このにんじんを3本収穫しても100円にしかならない」とか考えながら日々農業をしていたら、今はこんなに好きなものが嫌いになってしまうそうで怖いんです。でもこの怖さを克服しないと絶対に農家さんにはなれないような気がする。

そうした二つの懸念の現時点での私の解決策が、複数のお金を稼ぐ手段を持つということ。農家としての収入が途絶えたとしても、他で補えることが出来たら、精神的にも経済的にもかなり気楽に農業を楽しめるようになるんじゃないかな。もう一つの職業をどうするかなんてまだまだ考えられないけど。

 

 

最小単位が一人の仕事をするということ。

自分の裁量で決められるって、怖いことでもあり、面白いことでもある。その選択は誰のせいにもできない責任感と、それが間違ったときに感じられる達成感を一人の人間として持っておきたい。何かを人のせいにすることもしたくないし、誰かに私のせいにされることもされたくない。だから人に頼らずに自分一人でも仕事を出来るようになりたいと思う。

誰かに仕事を頼むということは、そこにお金が発生するということ。私はそこまで誰かの人生を背負いたくないし、そんな覚悟はどこにもない。私は私のしあわせを考えるだけで精一杯。

だから自分一人に出来ることの範囲で仕事をしていけるようになりたい。何でも自分でやって、全部の行動の責任を自分で終えるくらいに、自分の仕事に責任と誇りを持ちたいとも思う。

 

 

職業のこと、考え始めるとたくさんの希望とか疑問とか不安とかが出てくる。

でもそれはもう少し自分の知識や経験を積むことでどうにかなるんじゃないかなと思っていて。だからそのために私はいろんなことをやってみるし、いろんな本も読むし、いろんな人に会いに行くし、いろんな場所に行く。

来年度の休学も、将来の選択の根拠を見つけに行く1年にするために選んだ結果なのだと思う。今は正直不安しかないけど、決めたのは他でもない自分だから。自分がこれは楽しそうと思って、自分にとって絶対にいい経験になると感じて選んだ結果だから。

多分、いろんな人が私を止めようとするだろうし(もちろん親切心で)、私だって途中で逃げたくなることもあるかもしれない。それでも自分が選んだ道を信じて来年の休学を思う存分楽しんでやる!という今の心境です。